憎しみに勝る愛を。

カナダ5年目の大学生。私のありきたりな日常。

earthquake: 04/15/2016の移行記事

 

こんにちは、のぐともです。

 

ここ数日、ショッキングなニュースが日本を駆け巡っていますね。熊本での震度7地震… 朝起きて母からのLINEを見た時には驚きました。幸運なことに熊本に住んでいる私の親戚は皆無事のようでとりあえずは安心しましたが、まだまだ見つかってない方々はたくさんいますし、余震もまだ続いてる模様…… 不安を完璧に拭い去ることはできません。
 
助けてあげられることなら助けてあげたい、でもたった1人でできることなど無に等しいと思っている方がほとんどだと思います。私たちに今出来ることをしようと言われても、今出来ることってなんなんだろうと考えてしまいます。
 
果たして、Twitterなどで拡散することが得策なのでしょうか...?みんな1人でも多くの人を助けたい一心で拡散してるのは分かるんですが、Twitterという場だからなのか何か違和感を感じてしまいます。
 
こういう状況に乗じて非常識なことをする人達がいるからかもしれません。誰でも好きなことを呟けて、鍵さえかけていなければ誰でも見れるということはつまり、良い情報も悪い情報も全て誰の目にも入る可能性がある。実際にいくつか地震をネタにしたようなツイートを見ました。こんなこと言うのもアレですが、正直日本人として以前に同じ人間として人格を疑うし、軽蔑します。まあ結局のところ自分が同じ目に遭ってみないと分からないものなのかな? 確かに被害にあった方々と同じ苦労を100%理解できるわけではないです。もしかしたら実際同じ立場になってみたいと分からないこともたくさんあのかもしれない。だけど一人間としての常識の欠片も持ち合わせていない人達のツイートを見るのはとても不快ですね。
 
それに、被害に遭ってる方々が#熊本 #地震という2文字をTwitterで検索にかけるだけでそんな心許ないツイートを発見してしまう可能性が大いにある。もちろんそんな心許ないツイートはすぐに炎上して、たくさんの人達に批難されるわけなんですが、批難された途端に「こんな大事になるとは…」とか「本当にただのネタのつもりで…」とかまた無責任なことを言い出す。いくらTwitterとはいえ、いや、むしろTwitterという誰でも見れる場だからこそ、自分の発言に責任を持つべきだと思うんです。そりゃあタダ日々の生活の愚痴をこぼす程度ならそこまで心配はいらないと思いますが、多くの人に影響を与えてしまう内容に関しては慎重になるべきです。今回の件だけではなく、ネットいじめとかでも言えますが、自分1人の安易な発言で一体どれだけの人が傷つくのかを考えるべきだと思います。
 
心許ないツイートをした人達が普段何をしている人なのか、何歳なのかなんて分かりませんがそれがまた怖いですよね。ネットでは違う自分に成りきれるから怖いもの無しっていう人も多いみたいですし、テクノロジーの進化も良し悪しです… 
 
 
まず自分の今の平凡な日常に感謝しないといけませんね。本当、こんなに長々と文章を書ける余裕があることを幸せに思います… いつ同じ立場になるか、ましてやいつ自分が死ぬかなんてもっと分かりませんが、いつ死んでもいいように常に悔いのない人生にしたいとは思っています。未来を考える前に今を考えて、今やりたいことは今のうちにやっておきたいです。
 
You Only Live Once
人生は一度きり。例え生まれ変わったとしても、全く同じ人生なんてありえないですもんね。今を、この人生を戦力で生きようと思います。
 
今出来ることは熊本地震の被災者の方への募金、同じことが起こってしまった時のための準備、そして後悔しないために一瞬一瞬を大切にすることかな、と私は思います。日本と地震は切っても切れない縁にあるし、自然災害はどう抗っても止めることは出来ないのだから自分が同じ立場になった時のことを考えて準備しておくことはとても重要ですよね… 私もカナダにいるから、なんて緩い考えは捨てて、地震が起きた時のことを想定しておこうと思います
 
どうか熊本の方々の不安が少しでも早く和らぎますように。そして、どうかこれ以上日本全土で大きな被害が出ることがありませんように。
 
3.11のことも、この熊本地震のことも胸に刻み、今日も明日が来ることに感謝します。
 
のぐとも。