憎しみに勝る愛を

カナダに留学して6年目。ウエストバンクーバーの高校を卒業し、今も変わらずバンクーバーで大学生やってます。

認知症のおじいちゃん

 

こんにちは、のぐともです。

つい先日にFall 2017が正式に終了して、なかなか暇している私です…

 

そんな暇を持て余していた今日、いつもお世話になっている知人から頼まれ、認知症のおじいちゃんと2時間ほど一緒に過ごしました。そのおじいちゃんというのは、知人の彼氏さんのお父さんで、彼氏さんとは何度かお会いしたことがあるのですが、そのおじいちゃんと私は初対面 (笑) ただ、その知人も彼氏もどうしても仕事に行かなきゃいけない!という事で私が召喚されたわけです。

 

そんなおじいちゃんなんて1人家においていけばいいだろ、とお思いの方もいることでしょう… ですがこれには事情があるのです。実はつい最近、そのおじいちゃんから少し目を離したところ、家からいなくなってしまったんです。そして見つかったのはなんと家から車で2時間ほどにあるウィスラー付近。

 

こういったことがあったので、簡単に1人でおじいちゃんを家に置いておくことができなかったんです。一応、孫が家にはいたんですが、まだ小学校高学年と中学生とかなので、そこまで頼れるわけでもなく、私が呼ばれました。先日おじいちゃんが行方不明になった事情も私は知っていたので、すぐに了解し、家に行きました。

 

そして2時間ほどおじいちゃんと2人っきり。とっても愛嬌があって可愛いおじいちゃんでしたが、認知症という事で、すぐに自分で言った事や、していたことを忘れてしまうんですね。実際、先程説明してくれたにも関わらず、その後何度もトイレの場所を私に説明してくれました。

 

認知症を持つ方との関わりがこれが私には初めての体験だったので、正直どうすればいいのか分からないことが沢山ありました。

 

例えばトイレの場所を何度も説明された時。「さっき教えてもらったよ」と言っていいのか分からず、何度も説明される毎に私は「ここがトイレなのね」と初めて知ったかのようなリアクションを取ってました。

 

テレビのリモコンを携帯と間違えて、電話を掛けようとしている時にも「それはリモコンだよ」と指摘していいのか分からず、彼が自分で気付くまで私は何も言いませんでした。

 

そして一度電話を見つけたにも関わらず、また電話を探していた時。「ここにあるよ。さっきも見つけたでしょ?」と言っていいのか分からず、結局何も知らないフリをしてずっと一緒に電話を探してました。

 

今でもどういったアクションをするのが正解か分かりません。ただ一つ言えるのは私がおじいちゃんに取ったアクションは、全て私が子供と触れ合う時と同じという事です。これには後で気付いてびっくり!無意識に今まで実習に行った時や大学で習った事を実践してたんだなって (笑)

 

・例え同じ言葉でも、子供の言ったこと全てにきちんと耳を傾ける。

・子供の間違いをすぐに指摘して、正解を教えるのではなく、そのまま間違いに気付かせたり、例え答えを知っていても一緒に答えを探す。

 

無意識って怖いですね…

 

 

まぁ、そんなこんなで2時間ほど一緒に過ごしたんですが、何と言えばいいんでしょう。とても悲しい気持ちになって、帰りにちょっと泣いてしまいました。

 

決して、おじいちゃんが認知症を持っていることに対して哀れんで泣いた訳ではありません。ただ、どれほどおじいちゃんが孤独と闘ってるかと思うととても辛かったです。

 

ずっと私に「今日は1日中1人で家にいたんだ」って言ってくるおじいちゃんに対して何て言ってあげればよかったんでしょうか?私の事を最初に説明されたものの忘れてしまい、「何が起こってるのか分からない。聞く人がいない。今日は自分の家に帰れる?」って繰り返し聞いてくる彼に何て言えばよかったんでしょうか?

 

彼は今自分がどこにいて、なぜそこにいるのか、が分からないんです。自分が知らない自分の事を誰かが知ってて、それをその誰かの口から聞くって凄く怖いし勇気のいることだと思います。そんな恐怖を1人で毎日味わってるのかと思うと辛いです。誰ともその恐さを共有することもできない。認知症だからそんな恐さすらも分からないのかもしれません。それでもやっぱりどこかしらで恐怖はあると思うんです。

 

何より私が一番悲しかったのは孫の写真を見せて私に説明してくれている時に一番下と真ん中の孫の区別がつかなくて、私に間違って名前を教えてくれた事です。

 

誰かを忘れるということは恐怖でもあるし、悲しいことでもあります。でもそれ以上に、忘れられることの方が私はきっと怖くて悲しいと思ったんです。

 

もし私の親や祖父が認知症になってしまったら…?今まで一緒に過ごした何十年という時間も関係なく、私のことなんて忘れてしまうんだと思うと凄く悲しい。きっと認知症になってしまった本人もふと素に戻った時に辛いと思うこともあると思います。

 

「こんなに周りに迷惑をかけるのならいっそ死んでしまおう」と思う人も少なくないと思うんです。それでもやっぱり、例え忘れられても、生きてて欲しいと私は思います。だって例えその人の記憶から私が消えたとしても、私の記憶の中にはその人がずっといるわけで…

 

もしその人が消えてしまうことによって私の記憶も消えるならどんなに楽なことでしょうか… それでもやっぱり私たちは人間なので、ロボットのように記憶を消すことはできませんし、なかったことにはできないんですよね。

 

今回、初めてお会いして、たった2時間ほどしかおじいちゃんとは一緒に過ごしませんでしたし、その2時間が精神的にかなりきつかったのも事実ですが、お別れするのが少し寂しかったです。それもあって帰りに泣いてしまったのかな?自分でもなぜ泣いてしまったのか詳しくは分かりませんが (笑)

 

とにかく、とっても貴重な体験をさせてもらいましたし、可愛くて素敵なおじいちゃんに出会えた事に感謝します。彼はすぐに私の事を忘れてしまうと思いますが、きっと私はこの先も忘れないです。

 

もし次にまた会う機会があるとしたら、その時はまた「はじめまして」から始めようと思います。

 

のぐとも