バンクーバー留学日記。

カナダに留学してから早6年。ウエストバンクーバーの高校を卒業後、今も変わらずバンクーバー内で大学生をやっています。

「逃げ」は負けか。

 

こんにちは、のぐともです。

突然なのでですが... 昨年あたりに「逃げるは恥だが役に立つ」という新垣結衣さんと星野源さん主演のドラマが大ヒットを記録しましたよね。ドラマのストーリ展開やキャストさんも素晴らしかったですが、タイトルもなかなか面白くて目を引くものがありました。

 

逃げるは恥だが役に立つ

でも私、ふと思ったんです。そもそも逃げることは恥なのか、と。

そこで今回は「逃げること」について私なりの考えをまとめていきます。

 

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そもそもこの「逃げるは恥だが役に立つ」のドラマタイトルを思い出したのは最近出会った日本人の方とお話をさせていただいている時でした。

 

今はこちらに語学留学しているのですが、その方は元々は日本の病院の医療カウンセラーをしていたそうです。悩んでいる人の思いを軽くしてあげたい、精神的な支えになりたい、ということで自ら選んだ医療カウンセラーという仕事。しかし、患者さんへの感情移入が大きかったのか、結果的に自分の精神まで病みかけてしまい、その仕事を辞めたらしいです。

 

その話をしている時に気になったのが、彼の言葉。

「情けない話、結局逃げたんです。弱い人間なんです」

 

それを聞いた私はとても違和感を感じました。

私は彼のその、「逃げる」という選択を情けないとは思いませんでしたし、まして「逃げたから弱い人間だ」なんて全く考えもしませんでした。

 

 

逃げることはそんなに恥ずかしくて、情けなくて、卑怯なことなのでしょうか?

 

 

逃げることを卑怯だの、負けだの言う人間もいますが私はそうは思いません。むしろ逃げた方が勝ちだ、って思ってます。時と場合によるのかもしれませんが、逃げずに追い詰められるまで自分を押し殺し、我慢することを勝ちとは言えないと思います。例えかっこ悪かろうが負け犬呼ばわりされようが、逃げてきちんと自分の心と身体を癒してあげる方の方がよっぽど大事だと思います。

 

何回トライしてもクリアできなかったゲームも、時間を置いたら一発クリアができた、なんてことが多々あります。それと一緒で、自分自身が「もう無理だ、限界だ」と思うのなら一度そこでその現実から逃げることもアリだと思うのです。

 

つまり一概に「逃げは負け」とは言い切れないのではないでしょうか?

逃げていいんです。逃げることは何も恥ずかしいことではありませんし、まして悪いことでもありません。「逃げる」という自分の選択は他人にとやかく言われることでもありません。

 

「逃げ」と「諦め」は違います。

逃げることは決して諦めることではありません。逃げて、自分自身や環境、頭の中を一旦リセットすることによって、自分の良いタイミングで戻って来れば良いのです。でももしそこでずっと現実から逃げ続けていれば、それは「諦め」になると思います。

 

だけど「逃げる」という選択肢そのものは私たちの人生にあっても良いのではないでしょうか?

 

それこそゲームと同じで、体力が存分に残ってない時にラスボスと出会ってしまったとき、「闘う」という選択肢しかないと困りませんか?(笑) 残り体力1で、回復も持ってなくて、負けることが目に見えてる状態で戦いを挑むことはかなりリスキーです。

 

もちろんそれでも挑戦する超勇敢な勇者もいると思いますが、そこにもし「逃げる」という選択肢があれば大抵の人は一旦そこでは逃げ、レベルアップをしたり、体力やら何やらを色々万端にしてから再度ラスボスに挑戦すると思います。

 

結局現実世界もそれと同じだと思うんです。誰だって自分のコンディションが良くない状態で良いパフォーマンスなんてできません。そんな時は逃げたっていいと思います。

 

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自分が壊れてしまう前に逃げ出すことも一つの勇気であり、選択です。だから自分の限界を感じたら一旦逃げてみてください。他人に自分のその選択をとやかく言う筋合いもないのです。

 

どんな状況においても自分の心、身体、そして命の方がよっぽど大事です。守る物、大事な物が自分の他にたくさんある人は簡単には「逃げる」という選択をできないかもしれません。それでも、自分が壊れてしまったら何の意味もありません。自分を、そして更に自分の大切な物や人を守るためにも自分を大事にしてください。

 

 

のぐとも

のぐとも (@greentea_land) | Twitter