バンクーバー留学日記。

カナダに留学してから早6年。ウエストバンクーバーの高校を卒業後、今も変わらずバンクーバー内で大学生をやっています。

私が幼児教育者を目指すワケ

 

こんにちは、のぐともです。

先日ハウスメイトやホストマザーと将来の話をしている時に私がなぜ幼児教育者を目指すのか…という話になったのでなんとなく今回はそれについてまとめてみようと思います!

 

実は私、小学校の頃からずっと将来の夢は変わってないんですね〜 小学校の文集にはジャーナリストになりたい、って書いてあるんですが卒業式のショートスピーチでは「先生になりたい!」とこの時すでに言っていました (笑)

 

それから色々と考えが変わり、心理カウンセラーになりたいと思った時期もありましたが何だかんだでずっと自分の中心にある軸のようなものは変わってない気がします。

 

正直、今でも心理カウンセラーに興味はあります。人の相談に乗るのは好きですし、こんな私の言葉で誰かの心を動かすことが出来るなんて素敵なお仕事だと思います。ただ、歳を重ねるごとに、人の抱える心の闇というのは深く重くなっていくことにいつからか気付きまして… それから、心理カウンセラーというのはつまり誰かの闇を半分背負うぐらいの覚悟がないとやっていけないんだろうなぁと感じ始めました。私にはその覚悟が足りなかったんですね… 

 

それに心理カウンセラーというのは相手の話を聞いてる時にどんなに理不尽に感じることがあってもそれを口に出すことは禁止な気がするんです。自分の気持ちにきちんと線を引いて、カウンセラーとして話に耳を傾けない限り誰かの闇を軽くしてあげられることは難しいと思います。そんなこんなで、心理カウンセラーになりたいという情熱は教育学ほど私に心理学を学ぶという選択肢に貢献することはありませんでした。でも今でもとても興味があるので時間に余裕があれば学びたいです!

  

そういった葛藤もありつつ、結局昔からの夢であった先生への情熱が一番優ったわけです。

 

昔から、ただ毎日同じ事を繰り返すことにあまり魅力を感じていなかったんですが、将来仕事をするってなった時にきっと同じルーティーンワークをこなす仕事は自分には続かないだろうと思いました。

 

それとは逆に、私は幼児教育者は常に新鮮な毎日であると思っています。なぜなら子供というのは大人の私たちには予測不可能な存在であり、彼らと過ごす日々には冒険がつきものだからです。彼らの毎日は毎日が新鮮です。毎日たくさんのことを学びます。そんな彼らと日々を過ごすことのできる幼児教育者は彼らと同じく、毎日が学ぶことの連続です。私たちが大人になるにつれ忘れていった「学ぶことの楽しさ」を子供たちは教えてくれます。毎日違った発見ができる喜びを感じ、学び、そしてなおかつお給料を貰えるというのは私には有難いことです。

 

次に私が幼児教育者を目指すワケは、こんな私でも誰かの人生を変えることができる、親密に誰かの人生に関わることができる幸せを感じられるからです。幼少期というのは子供にとって世界の意味を形作る非常に大切な時期であり、彼らのこれからの成長や将来に密接に関わっていきます。言うならば、私たち幼児教育者は良くも悪くも彼らの今後の人生を変えることができるわけです。

 

もちろん人の人生を変えることができてしまうので責任は重大です。ですが、その責任感よりも誰かの人生に関われているという事実の方が私には大きいです。私の言葉、行動、表情…それら全てが子供たちの中で生きる。つまり、私自身が誰かの人生の中で生きることができるわけです。こんなに嬉しいことってないと思うんです!どちらかといえばこれは自分勝手な理由ですが、他人の中に自分が生きる…それを感じることで私が自分自身の存在を強く認識できる気がします。

 

他人の心の中に生きてこそ私たちは成り立つんだと思います。それを感じることや教えることこそ教育のあるべき姿ではないでしょうか?

 

さらに子供たちは私に、私がすでに見えなくなってしまった世界、もしくは無くしてしまった感情や感覚を思い出させてくれる力を持っていると思っています。大人になるにつれて見ることができなくなってしまった世界を、毎日の中で彼らは常に私たちに示してくれています。私たちも子供の頃は持っていたにもかかわらず、成長するとともに失ってしまった世界、感情、感覚… それらを呼び起こしてくれるのは子供たちです。私は教育者として彼らの可能性を発見し、伸ばす役割があります。しかしそれ以上に、彼らと共に学び、彼らから学ぶ姿勢は大事だと思っています。

 

教育というのは一方通行で成り立つものではありません。信頼関係の構築があって初めて教育が意味を成します。自分の話ばかりでこちらの話を聞きもしない、こちらの身になって物事を考えようともしない人に心を開けますか?そんな人から何かを学ぶことができると思いますか?教育とは教育者が一方的に「教える」という姿勢だけでは成り立たないのです。そこに「一緒に学ぶ」「互いから学ぶ」という概念が存在してこそ、子供も教育者も得るものがあるはずです。

 

 

こういった教育とは何かということを考えるのが根本的に好きですし、子供たちの新鮮な発見の中に生きることができることも私はとっても光栄に思います。

 

たしかに他の職に比べてみたらお給料は低いかもしれませんが、私は生きるためやお金のために仕事をするのではなく、自分のやりたいことをして生きていきたいのです。情熱もモチベーションもない状態では仕事を楽しむこともできません。

 

仕事は楽しむものではない、と思ってる方も多いみたいですが、そもそも仕事が全てではありません。むしろ仕事よりも私たちの人生そのものの方が何倍も何十倍も重視されるべきなのです。たしかに仕事をしなければお金は入ってきませんし、お金がなければ人生は成り立ちません。しかしそういった物理的な問題だけで人生が成り立っているわけではないですよね?私たち人間は精神的な面とも向き合ってこその人生だと思います。

 

生きるために仕事をするのか?

答えはイエスでもあり、

ノーでもあるはずです。

 

どうせ生きるために仕事をしなければいけないのであれば、私はそこに情熱を求めます。それが私にとってはただ幼児教育だっただけなのです。 

 

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のぐとも